絵板絵描きがふと思う。「あのとき、自分は何に関心を持っていたのだろうか」そんなときのためのメモ。
エンタメ・文芸・コンテンツ中心に回っています。

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
100の12-「並んで」
『オーディション』
 音羽崎鏡花とこうして並べたのだ、それだけで夢は叶ったろう? キミなどにこれ以上は過分すぎる、どの顔も笑顔でそう語りかけてきたものだから、私は俄然やる気が出てきた。あいにく私は確信的に鈍くて強い、発声された言葉以外はさくっと無視してもいいのだと教わってきたのだ、やっと同じ場所に立つところまで来たのだ、いくらでも無言の圧力なんか無視してやる。さあ正々堂々と勝負しようぜ、お姫さんよう――などと本当に言える雰囲気ではなかったので私は口を結ぶ、そもそも場を白けさせてもれなく自爆だ、選考員の前に形作られていく列の一部に加わりながら音羽崎鏡花の完璧なレオタードのラインを見た。たしかに音羽崎鏡花の名は伊達ではなかった。

 なんかテンション低いっすね、低くないっすか姐さん、楽屋で同じ事務所の片栗真奈美に声をかける、特に親しくはないが同窓意識で馬鹿を言い合いえる仲だ。ああ来たんだ、まーねーそーねー実質的には補欠選考だからねーやる気もなくなるよねーザラキさんみたく自意識過剰で誇大妄想家で休日ロリータしすぎて神経が火星並になっちゃった子とは違ってねー。
「か、火星? ――て、天体かよ!」
「神経が」という辺りからリアクションを用意していた私は、投げやりの比喩をバックハンドで打ち返すまでワンテンポの遅れをとってしまった。ところが片栗真奈美は訂正する気もリアクションにつきあう気もないらしく、というよりもはや私の相手をするのを放棄、事務所への義理で受けた今回のオーディションへの意欲同様の無関心な瞳と淡々とした所作で雑誌を読む動作へと戻っていった。すでにレオタード姿で体の線はびしっと流線型にきまっている。その佇まいにはベテラン役者の存在感か、さもなければ人生を達観した主婦の落ち着きが感じられた。
「サラキですよ、皿に木。やめてくださいよ、ザラキって死の呪文なんですから。言葉ってすぐ言霊になっちゃうんですから」ザキ、ザラキ、黄泉の門へようこそ、そんなことを呟きながら荷物を置いてとっとと着替える。レオタードに足を通す前にくるりと一回転、お逝きなさい! よし、今日はいける! そう確信した、音羽崎鏡花には負けないだろう。
 片栗真奈美をちらりと見る、携帯メールを見ている、川底の岩のような落ち着きはあるが覇気はまるで感じられなかった。これからオーディションを受ける人間の意欲度ではない、まあ凡人では無理もないか、音羽崎鏡花が出ると他の応募者のモチベーションが下がる理由はいくつかある、美貌への嫉妬から始まる目から見れば全部だろうけど、それを排除して考えたとしても片栗真奈美のローテンションは根拠の無いものではない。
 それはつまりこういうことだ、音羽崎鏡花は比類する者がいないほど上手い、それはつまり選考で選ばれるということで、そしてそれは「box and cox」つまり遜色ない二人の役者が交代で一つの役をやるという従来のアニーの公演形態が取れなくなる=一人でオール出、しかも体力が有り実際やり通した過去の実績もある=分役も補欠も出番は無い。
 だから、この役を射止めるためには音羽崎鏡花に勝たなければならないのだ。

 選考が始まり一次二次と進むうちに片栗真奈美を含む八割近くの応募者たちは、机の上のほこりでも払うかのように落とされていった。後はまかせたねー、片栗真奈美は上機嫌だった、このまま友人たちと渋谷へ遊びに出るらしい、去れ敗北者、と私も負けずに上機嫌で送り出した、なにしろ私は一次二次を通過して最終選考の五人の中に残ったのだ。
最終選考となって審査員ががらりと変わった、いかにもお歴々といった尊大な集団だった、自分の若い頃を才能ある新人と重ね合わせて懐かしむタイプにありがちな遠い目をした壮年たち、音羽崎鏡花とこうして並べたのだ、それだけで夢は叶ったろう? 音羽崎鏡花つまり重ね合わせた自分以外の通過者に無言の圧力をかけてくる。
 だが負ける気はしなかった、私は一生に一度出会えるか出会えないかの「当たり役」に巡り合った自信があった、役者としてこれで一気に花開くのだ、私のシンボルとなることだろう、スラム街から金星人に拉致された赤毛のアニー、私以上にやれる女はいないはずだ――そう思っていた。
 音羽崎鏡花の名は伊達ではなかった。すっかりアニ―だった。
 スポンサーが音羽崎鏡花ならばと金を出しているという噂を思い出す、つまりこれはエースが当たり前のように出て当たり前のように勝って当たり前のように選ばれる出来レースなのだと私は今になってはっきりと悟った、揶揄する意味ではなくそれは車が走れば地面が傷むのと同じような単なる事実でしかないのだった。
 それが真の役者の迫力というやつだとははっきりしなかったが音羽崎鏡花は決して嘲笑われてはいなかった、自分を使って望む通りに周囲をワハハと笑わせていた、喜び、悲しみ、痛みの道化に完璧になりきってはしゃいでいた。
 ここはどこなのだろうか、音羽崎鏡花が無邪気に繰り出す裸足、板張りの床に霞色の足跡をスタンプしていく、私は爆笑しながら絶望しながら、音羽崎鏡花に笑わされるに身を任せていた、頭が激しく痛く重苦しくて外したくなった、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、左脳は既に死んでいたが、右脳がバチバチと音を立てて必死に起死回生を探している、存在意義を探している、劇場から出る鍵を探している、ドヴァッドヴァッと私の後頭部の辺りから熱い液体のようなものがあふれ出してきた、なにこれー、そいつがさざなみの/囁く囁く/そうすれば/お前は/さあ/ざわざわざわ/そうすれば/シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア、耳を手の平で擦り付けるようなざわめきが一層大きくなった、私はいつしか音羽崎鏡花と競っていた、順番も審査も何も関係なく飛び出していた、審査員の机をなぎ倒し、何かを叫びながら近づいてきた男を蹴り倒し、叫んでいる、ああああ耳には届かない届かない、私はアニーだ!

【了】
| hirosakisinji (sin) | 100のお題 | 20:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 20:52 | - | - |









http://hirosakisinji.jugem.cc/trackback/371