絵板絵描きがふと思う。「あのとき、自分は何に関心を持っていたのだろうか」そんなときのためのメモ。
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100の13-「忍」
『ペネトレイト』
「近頃老後のことをよく考えるんだ」
 雲がアコーディオンのように伸び縮みしては雨と風との音色を奏でる。地表近くで煙った霧が脈動し、世界全体が音楽堂のように音を包む。近くでペンキをブラシでこそげ落す音。それは街路樹の葉を叩く雨の音。じゃんたらったと精霊の鼓笛隊が行進する。車体の天部に雲の結晶がぶつかっているのだ。
「ケンゾー、お前、今年でいくつになる?」
「三十です、ディーニさん」
 ディーニは白いものが混ざり始めた刈り上げ髪をばりばりと掻いて巻き葉に火をつけた。バニースタを吸い込む仕種も、横目に見てくるそのモスグリーンの瞳も、助手席に沈み込んでいた上体をゆっくり伸び上がらせる仕種も、自然さを取り払って老獪さをアピールするように振舞われた。来年に定年が迫ったこの老刑事は、今までそうしたものをちらつかせることで仕事をスムーズにしてきた。
「そうか、そんなにもなるのか。お前がここに来たときはまだ二十代の前半だった。十年近くもか」
「ええ。僕が家を決めた時にお会いしたのが最初でした。憶えています。こうして座りながらお話しするのは始めてですね、ディーニさん」
「見回りの途中でこの雨だ。つないであったはずの馬もどこかに雨宿りに行っちまってな、ケンゾーが車で通りかかってくれて助かった。よもやこんな町外れに来る奴がいるとは思っていなかったからな」さりげなさを装うべきところでディーニは直球だった。「この先には国境の橋しかない。警備隊以外で近づく奴は動物とスパイだと決まっている」
 窓の外で雨脚が強くなった。雨幕の中で音と影が動く。
「ならディーニさんもそうなってしまう」
 足下から雨気が昇ってきた。
「そうだな」
「……ご自宅までお送りしますよ」そう云ってキーに手を伸ばしかけるとディーニの鋭い制止。いつの間にか手に拳銃を持っている。
「俺としたことがお前が家族を持ったからと安心して油断した。スパイってやつはいつも逃げ道を開けておく奴らだと思っていたからな。敵の中で忍んで暮らさなければならない、もし発覚したら命はない、全てを失う、だから大切なものは作らない。そのくらいの常識と情はあるとな。どうやらこの歳になってもまだ俺は甘ちゃんだったらしい」
「ディーニさん」
 向き合う。
「お前、カトリーヌ様を探ったな!」
「落ち着いてください」
 黙れ、とディーニは身を乗り出して銃口を額に突きつけてくる。だが不思議と緊張はなかった。何もかも予測の範囲を超えないように思える。乗り切れるというメタ的な視野がゆっくりと脳覚に拡がっていく。奥歯の薬が溶けはじめているようだ。感受の処女性が喪失している。それに切りたてのような檸檬の香味。状況を客観的に受け入れ――私は行動を開始した。

 イグニッション・キーを回そうと手を伸ばした時ハンドルの上で何か動くものが見えた。それは透き通るような白さに膨らんだ胴体に、うっすらと黄色と黄緑色の線が背面にそって流れている蜘蛛。生まれたてのように小さいが、生き物の本分である躍動感はなかなかのようだ。森の中から付いてきたのだろうか。車内にたちこめた山のにおいを嗅ぐ。いくつかの可能性を考え、害はないと判断して払いのけた。
 非公式訪問の渡りをつけるだけの仕事だった。それがまさかこんなことになるとは。まさか予言の通りになるとは。異国人の自分にまで及ぶとは。長い潜入の間に自分もカトリーヌを中心とした集団的な何かに囚われてしまったのかもしれない。物語の中に閉じ込められているのを知らされた気分だった。もはや逃げ出せない。これがやつらの、敵の、恐ろしさ。緊張からくる熱や、不安からくる囁きの幻聴を払いのける薬の十分に回った頭で冷静に噛み締めた。
「ケンゾー。現実味がないものには使命感を燃やせない。使命感のない自分がやっていることは作業でしかない。そうだろ? なら過去と自分はどこでつながっている? 命令に従う理由なんてとっくの昔になかった。役割りを演じていただけだ、人形のように。すっかり人形遣いカトリーヌの国民になっていたわけだ。俺もお前も」

【了】
| hirosakisinji (sin) | 100のお題 | 06:45 | comments(3) | trackbacks(0) |
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こばわっ。
文字の面白さって、事象や心理の動きを話者のフィルターを
通して見ることというか、話者の頭の中が覗けるところに
あるんでしょうけども。
そうやって2次的に、意味づけられた事物で構成された書き物と、
半分1次的な事物で出来てる絵なり漫画なりってやっぱり
違うものなのでしょうかねえ。
漫画では表したい感覚を読み手に誘導することが
表現と言うことなのかしら。
例えばsinさんの文章の透徹された脈絡(ストーリー展開という意味ではなくて思考力みたいなもの)は
漫画にしたら大部分は読み手に任されて抜け落ちるのかしらとか思ったり。
ていうか、sinさんにストーリー提示するなんてコワイよー(*゚Д゚*)

| psi | 2006/05/03 12:12 AM |

始めからフィクションのものを1次的というのも
アレなのですが〜。と一応断りを(笑)
| psi | 2006/05/03 12:18 AM |

>psiさん
オハヨウゴザイマス!GWってもう後半らしいですよ!(今日からだと思ってましたがw

>2次的に意味づけられた事物で構成された書き物と、半分1次的な事物で出来ている絵なり漫画の違い
突き詰めれば、Aを表現者がどのように表現するかということですから、フィルターという面ではどんな創出物においても同じことだと思い、ます。
ただ象徴性と実在性の割合において書き物は断り無くそれらを重ね合わせることができる性質を持っている(静止画においてはモンタージュや時期を駆使しなければ明らかにならない主張のようなものが書き物ならばどんな荒唐無稽な手法でも一連の話の流れの中でさらっと提示できる)のでそう感じるのかもしれません。たぶん。まぁ最近の漫画は「背後ボケ・背後ツッコミ」の手法化(もしくは一般化)によってだいぶ作品世界をメタ領域まで立体化してきているのが明らかでもはや書き物の特権ではなくなってきた気もしますが。

>漫画では表したい感覚を読み手に誘導することが表現と
「表したい感覚」がどちら向きかによりますが、書き物でも特定のジャンルにおいてはおそらくはそうなのではないかと思います。道徳話・ホラー(内外一致の教訓・恐怖)や探偵小説・SF(いわゆる読み手へのサプライズ・衒学)などは主張というよりは誘導型挑発型でしょうし。
技術がどんどんメタ的になってきている以上、結局スタンスというものは技術の一部でしかない、ということになると思うのですが、ちょっとサバサバしすぎでしょうか。
文脈効果というものは結局、階層思考においては組み合わせ、味あわせ、塗り絵のようなものなので、イラストにおける色彩論とレベル的には変わらないのではないでしょうか。
なぜなら思考というものも不変ではなく不偏でもなく趣味思考と直感によるからです。


…長々と書いたわりにpsiさんのコメのところに触れれたかわからんっ(⊃Д⊂)ウウッ
言葉には出来ないのですが、ぱっと五十嵐大介さんの漫画『魔女』(第一集/第二集)を思いつきました。大包括的な作者の思い描く流れのようなものを画によって感じさせられる傑作ですよ〜。絵・画の力のすごさ!同時に象徴・記号が付加にしか働かない絵という表現に(略
まぁあれです。「技術を学び、そのあと忘れよ」という格言があるように、技術的効果が必ずしも効果を発揮するとは限りませんし技術は効果のためだけにあるのではないわけですし、結局は整合性よりどれだけ作品を愛したか!とかいうアレなのではないでしょうか。フィーリング?(ぉ

(おおおぉ、論点が二路線ぐらいずれてる)

そんな感じです。>ぇ
| sin(hirosaki) | 2006/05/03 9:59 AM |










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